【なんといっても、話題を独り占めした『火花』】

前回の記事でも触れたように、
文芸でトップ10に入ったのは『火花』のみ。
とはいえ100万部突破したのは、
2015年でいえばこの1冊なので、
立派なことです。

『火花』は200万部を超えていますから、
群を抜いていますね。
芥川賞受賞作品のなかでも
歴代最多部数とのことで、
まだまだしばらくは伸びそうです。

『火花』については、
話題が話題を呼び、本が売れる。
その典型的な例だったように思います。

その意味で、
又吉さんが芥川賞にノミネートされた時点で、
文藝春秋の戦略勝ちだったのかも。
流行語にもノミネートされ、
まさに出版業界は火花が散っていたように思います。
これだけの過熱ぶりは、
綿矢りささんの『蹴りたい背中』以来でしょう。

そのほかの要因としては、
芥川賞を同時受賞した羽田圭介氏(作品『スクラップ・アンド・ビルド』)の
露出が多かったことも挙げられます。

キャラクターの強い2氏が同時受賞したことで、
メディアでは話題に事欠くことはありませんでした。


【肌感覚で一番売れた『フランス人』】

芥川賞を受賞した『火花』は別格として、
私たち編集者の肌感覚として、
2015年に一番話題になったのは、
間違いなく2位にランクインした

『フランス人は10着しか服を持たない』

です。
そのほかにも、

『服を買うなら捨てなさい』(地曳いく子)幻冬舎 2015年2月
『いつもの服をそのまま着ているだけなのに なぜだかおしゃれに見える』(山本あきこ)ダイヤモンド社 2015年4月

といった本がベストセラーになり、
いま現在も、市場を盛り上げている“最前線”の本たちが
複数あります。

私もこれらの本を購入し、
とても参考にさせて頂きました。

2015年度そんな女性エッセイ市場をけん引したのが、
『フランス人は10着しか服を持たない』だったのです。

話題になったのはいくつか要因があります。

①初週から動きよく、
二週間がたったころには5万部を超えていたという点

②初動のよさを受けた広告展開

③翻訳本の女性エッセイでのヒット

④当初の目的とは異なった翻訳本だった点

⑤若い編集者が手掛けた本である点

①と②はそのままですね。
置いただけで動く本などそうそうないのが
出版業界の現状ですが、
そんななかで、ちゃんと動いた唯一の本だったといっても
過言ではないでしょう。

これを受けて大和書房さんは
一気にこの本に注力していったことは
まだ記憶に新しいものです。

そして③

個人的にはこれがなかなか大きい。
ここ数年、女性向けの自己啓発書がとにかく話題になり、
実際に売れている本が出ていました。
たとえばこんな感じです。

『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』(シェリル・サンドバーグ (著), 川本 裕子(訳))日本経済新聞出版社
『スタンフォードの自分を変える教科書』(ケリー・マクゴニガル (著), 神崎 朗子(訳))大和書房

日本の著者だと南場智子さんの『不格好経営』(日本経済新聞出版社)が同時期に出ていた本になります。

ですので、一年前くらいは、

「いま注目しているジャンルは何ですか?」

と聞かれると、

「女性向けの啓発本や女性エッセイですね。
とくに、女性が目指したくなる理想像たりえる「強い」著者のメッセージがあるといいですね」

なんてことを答えていました。

そしてその後、
その流れがより女性エッセイに傾いていき、
女性エッセイ市場が活況になりはじめた矢先の
『フランス人』だったわけです。

『スタンフォード』に続く、
女性向けの翻訳書でヒットを飛ばす。
ここら辺はさすがです。

⑤にも書きましたが、
編集者は20代の若い編集者で、
私たちとしては、そこも少し話題になりました。

④についてはちょっとわかりにくいかもしれません。
もともとこの『フランス人』の本は、
この本がほしくて大和書房さんが権利を獲得した本ではなかったのです。

翻訳本ですから、
当然、その国の出版社から翻訳出版権を
「買う」ことになります。

その際、海外や日本のエージェントを通して、
その権利が空いているかどうかを確認し、
空いていればそのまま金額や契約内容を詰め、
他の出版社も獲得に名乗りを上げていれば、
オークションのような形になるのが一般的です。

大和書房さんは当初、
女性エッセイのジャンルという点では変わらないものの、
別の本の獲得を目指していたといいます。

しかし、その本が他社さんとの競合に負けてしまい、
権利を取ることができなかった。

そこで、その代わりとしてエージェントさんから提案されたのが、
『フランス人』の本だったといいます。

当初目指していた本よりも安く権利を買えたのは言うまでもありません。
そして、結果的には、
他社が獲得したその本が話題になることはなく、
代案で獲得した『フランス人』が大ベストセラーになったわけです。

私たち編集者からすると、
こういった話は珍しいことではありません。

それでも、誰もが「宝くじ」のような確率でしかない、
「ベストセラー」を作ることに心血を注いで
日々を過ごしていますから、
このようなサクセスストーリーには関心を抱かざるを得ないのです。

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