先日、出版科学研究所が主催する、
ブロンズ新社の若月眞知子代表取締役・編集長のセミナーを
聴いてきました。

ご存じない方も多いかもしれませんが、
ブロンズ新社といえば
現在、最も勢いのある出版社のひとつです。

とくに近年は絵本の出版社として、
確固たる地位を築いていらっしゃいます。


ヨシタケシンスケ氏による
『りんごかもしれない』『もうぬげない』

りんごかもしれない
ヨシタケシンスケ
ブロンズ新社
2013-04-17


もう ぬげない
ヨシタケ シンスケ
ブロンズ新社
2015-10-08



かがくいひろし氏による
『だるまさんが』シリーズ
こちらはシリーズ400万部を突破している
大ベストセラーです。

だるまさんが
かがくい ひろし
ブロンズ新社
2007-12



そのほかにも、
tupera tupera(ツペラツペラ)氏による
『しろくまのパンツ』

しろくまのパンツ
tupera tupera
ブロンズ新社
2012-09



など、
数々のヒット作を生み出し続けています。


今回参加させていただいたのは、
そのブロンズ新社の創業者にして、
現在も代表取締役兼編集長でいらっしゃる、
若月眞知子さんのセミナーでした。


絵本出版社としては、
後発の出版社ということで、
非常に謙遜されながらお話しされていましたが、
出版社立ち上げから現在に至るまでのその強い思いは、
一人の編集者として心打たれるものがありました。


ちょっとだけ備忘録もかねて
書かせていただきたいと思います。


ブロンズ新社は
書協(日本書籍協会)にも何も属しておらず、
独特のエリアでサバイバルしてきたといいます。

最初は文学がやりたくて会社をスタートしたらしく、
刊行物もエッセイや写真集などが多かったようです。

今では絵本の出版社として確立されていますが、
このときの本づくりが生きており、
今では根付いているとおっしゃっていました。


【ヒット本の裏側】

ヒットが生まれる要因のインタビューを
よく受けるようになったようです。
若月氏は「わからない」と謙遜しながら
おっしゃっていましたが、
あるインタビューにてインタビュアーが
数社をまたいで「ヒットの要因」を聴いたところ、
次のような共通点があったようです。


それは、
他社が断った本だった。



ということです。
唯一の共通点が
「他社が断った本を出したらヒットした」
というのは面白いですね。


もちろん、私のいる会社でもそういった話はよくあるし、
以前記事で書いた去年のベストセラー
『フランス人は10着しか服を持たない』の話にも
通じるところがあります。

若月氏はそういった経験から、
「宝」はまだまだ業界のなかにあると気づいたようです。


本づくりをする際に気を付けていることとしては、
次のようにおっしゃっていました。

「後発の出版社ということもあり、
王道のテーマを著者に持っていっても相手にされない。
必ず企画テーマを作って、
こういう本を書きませんか、とオファーする。
ある程度、絞っていかないと話ができない」

とのことでした。


ただ、『だるまさんが』のかがくいさんに関しては、
ご自身から

「ファーストブックに興味あるなら
こういうことやりませんか」

と企画提案されたようです。
(ファーストブックとは最初にプレゼントすることを想定された、
 低月齢の赤ちゃん向けの絵本のことです)

そのときにだるまさんのラフも用意されていて、
すぐにやろうと思ったといいます。
かがくいさんはとにかく、
子どもを楽しませる表現者だったようで、
アイデアの詰まったノートが50冊もあったというから驚きです。

『だるまさんが』の背景にも深い話がありました。

というのも、かがくいさんは、
養護学校で障がい者を長年見ていらっしゃったらしく、
その子たちになんとか笑ってほしくて
たくさん試行錯誤していて
そのときに一番子供達が笑ってくれたのが、
だるまさんの本だった。
というのです。

だからどの世代の子どもにも受け入れられる本になったのではないか、
とお話しされていました。
それも含めて、著者のエネルギーが詰まった一冊だったからこそ、
ここまで広まったのでしょうね。


私も弟が障がい者なので、
そんな先生がいたことは、
「すばらしい」とかではなく、
我が事のように「うれしい」という気持ちになります。

かがくいさんは、大変残念なことに2009年にお亡くなりになられましたが、
そのお通夜には車椅子が長蛇の列をなしていたとのことで、
かがくいさんの人柄や、それまでの努力が伺えたと、
若月氏はおっしゃっていました。


【出版社の立ち上げ】

出版社を立ち上げる前に、
まず20代のときに4人で会社を設立されたようです。

学生紛争の時代で、
自分たちで何かをつくってやる、
そんな世代だったといいます。
今でいう週末起業という感じで、
それぞれに会社に属していながら週末に仕事を請け負ったといいます

企業のPR、イベントコーディネート、
広告、ファッションショーのコーディネート・・・

その中の一つとして、
本作りがあったようです。

その後、仲間の一人が
出版社をつくると言って衝撃を受けたらしく
(れんが書房新社という会社だったようです)
ボランティアで手伝いに行き、
若月さん自身ものめりこんでいったそうです。

しかも、本作りの楽しさを知って作った翻訳2冊が、
そこそこ売れて、ついに、自身が会社を設立することに。

ブロンズ社という休眠会社を譲り受け、
新たにブロンズ新社として出発。
三人で設立し、最初の刊行は翻訳5冊。
訳者は一番内容を理解し、書いてくれそうな人に頼んだようで、
プロの訳者は一人もいなかったといいます。


なんともこだわりを感じますね。
写真集では写真家・科学ジャーナリストの水口博也氏の
『ドルフィン』『ミスティ』
などを担当され、
写真集の4色での表現について、
その奥深さを知ることとなったといいます。
(水口さんはとにかく色のチェックに厳しかったようです)


しかし経営は簡単ではなく、
いきなり壁にぶつかったといいます。

編集の経験もなく、
かといって今からエディターズスクールに今から通うわけにはいかない。
そこで、
編集学校を作っちゃおう!
と思いついたといいます。

当時、糸井重里さんらをはじめ、
コピーライターの学校があったようで、
自分が聞きたい編集者をリスト化し、
その名編集者たちの協力を得て、
学校を設立、自分自身もそこからたくさん学んだようです。

椎名誠さんや筑紫哲也など、
そうそうたるお名前が飛び出していました。

【絵本との出会い】

お母さまとアメリカの大手書店「バーンズ&ノーブル」に行ったときに
絵本を手にとって
「こんな絵本が小さいときにあったら楽しいのにな」
ということをつぶやいたそうです。

それが「ぬりえ絵本」で、
当時日本にはなかったので、
これをやろうと決めたそうです。
サイズは洋書と同様のものとし、360ページの分量!

2200円で分厚かったため、書店からは売りづらいだろうと言われたそうです。
また、五味太郎さんに絵を依頼されていますが、
部数を決める際に、「初版は2万部だろ」と言われ、
驚いたといいます。


なんたって、1キロもある本だったので、
2万部の用紙手配はそうとうな物量になります。

売れなかったら倒産するという2万部初版のチャレンジ。

でも半年後にはなんとか重版したようで、
「助かった」と当時を振り返っておっしゃっていました。


絵本の祭典、ボローニャ国際絵本原画展には1994年に初参加。
(ブースを出したのではなく、参加です)
とにかく感激し、感銘を受けたようです。
絵本は文字が読めなくてもなんとなく内容わかりますから、
きっと楽しいでしょうね。

フランクフルトのブックフェアも別格ですが、
ボローニャも楽しそうです。

いつかブースを出すと誓って後にしたそうですが、
実際、ブースを出すようになり、
初参加から23年を経た今年、
ついにブロンズ新社がベストパブリッシャー部門において、
アジア6社のうちの1社にノミネートされたようです。


願えばかなう、
それを体現したようなエピソードですね。
すてきです。


【世界のお話】


世界を相手に勝負する、
各国の出版社のお話をされていて、
刺激的だったので、ちょっとだけご紹介します。


◎グリムプレス(台湾の出版社、表記grimmpress)
イギリスの有名な編集長を採用し、
著者も世界から発掘してくるという。

台湾は人口2300万人の国。
だからあらかじめ世界に向けて、
世界向けに勝負していく姿勢をとっているらしい。


◎ウォーカーブックス(イギリスの出版社、表記Walker Books)
世界的ベストセラー『ウォーリーをさがせ!』の出版社。
絵本というビジュアルの出版をするなら、
デザイナーを持つのは必要と考え、
デザイナーを編集者と同数程度抱えている。
イギリス国内での売り上げは三分の一くらい。
あとは世界での売り上げらしい。


その他(イタリアの出版社)
名前は忘れましたが、
ギャラリーを作るところから始めた出版社があるという。
壁、天井、倉庫の天井にいたるまで、
徹底的にアートがほどこされている。
そこは世界中に数パーセント存在するアート好きをターゲットにした出版社。
それを貫いて世界のブックフェアに行っている。
そうすると、それぞれの世界でニッチながら確実に展開できるとか。
思考の枠が広いなぁ。


◎世界によく言われること。
日本はとてもいい国、とよく言われるようです。
人口が一億人もいて教育も進んでるから、
子どもがこんなに絵本を読んでいる。羨ましいと。


【総括】

とにかく若月氏はエネルギッシュで、
こだわりながらもスピード感のある印象を受けました。

個人的には 「時代」という言葉は使いたくないのですが、
「何かをなす」という時代に生き、
それを次々に体現してきた姿は、
編集者として刺激されるところがたくさんありました。


編集者にはさまざまなタイプがあります。
細かくいえば、一人ひとりタイプは異なりますが、
職人タイプから、商業人タイプ、
クリエイターから ディベロッパーまでいます。


「いいものはいい」「届けたいものを届ける」


そんな理想がなかなかかなわない業界において、
少なからずそれを体現している一人なんだろうなと思った次第です。


少しだけお話をさせていただきましたが、
とても魅力的な方でした。

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