いま、宝島社から刊行されている
『翔んで埼玉』というコミックエッセイが、
劇的に売れています。


 
常日頃、コミックエッセイを担当したいと思っている
私からすると、

ああああ、うらやましい

と嫉妬の塊が口からこぼれるくらい売れています。
しばらく前に50万部を突破していたので、
いまはどのくらいの部数になっているのやら。

今ではいろんな書店で大展開しています。

もちろん、編集者としては「うらやましい」なんて言っていてはいけないのですが(;^_^A
この本の刊行の経緯、打ち出し方や売れ方は面白く、
いろんな工夫の仕方があるんだなと勉強させられました。

今日は、そんな『翔んで埼玉』をご紹介いたします。

この本は『パタリロ』で有名な
魔夜峰央(まや・みねお)氏が書いた、
短編マンガ集です。

書籍をすでに読んだ方はご存じでしょうが、
この本の面白いところは、
類を見ない「地方ディス」のすさまじさにあります。

「地方ディス」とは最近、にわかに注目を集め、
話題になっている言葉ですが、
主に自分の出身地に対して、
その田舎っぷりを強調し、ときに親しみを込めて、
ときに自虐的に卑下することをいいます。


たとえば私は富山県の出身で、
全国的にもあまり知られていない県ですので
出身地を言うときは自虐を込めて
「富山県といえばよく四国あたりと間違われます」とか
「だいたい『通過』したことならあるって言われる県です」
「民放が3局しか入らない県です」

なんて言うことがあります。


私は富山県大好きな人間なので、
そのあとで、富山の魅力を語りまくるのですが(笑)、
地方ディスはとにかく、
そういった自分の地域の田舎っぷりを卑下しながら
楽しむ文化、といえるでしょう。


この本、『翔んで埼玉』はとにかく、
埼玉県、とくに所沢へのディスがすごい!
よくここまで徹底して書いたな!
と思うくらいすごくて、
一度読んだら、つい人に言いたくなる魅力にあふれています。


もう、本のカバーからディスにあふれている。
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ちなみにどんな内容が書かれているかというと、

(枠囲う)
・埼玉は医者がいない
・埼玉県人が東京に来るときはパスポートが必要
・埼玉県人は「サイタマラリア」という病原体を持っている
・埼玉県人がデパートに行くと、警察に逮捕される
・埼玉県人と東京都民は学校のクラスも別々

などなど。
当然、誇張して書いているわけですが、
ついついクスッと笑ってしまいます。
(埼玉や所沢の方々にはどうかわかりませんが・・・)

そんな時代背景(?)のなかで、
埼玉県人の美男子の主人公に、
家柄のいい東京都民のお坊ちゃまが恋をしてしまう、
という恋愛(BL?)ストーリーです。

◎30年以上前の本を復刊して大ヒット

そして『翔んで埼玉』の面白いところは、
内容だけではありません。

出版の経緯がまた
編集者としては見過ごせない、
面白さにあふれているのです。

というのも、もともとこの本は、
過去に一度刊行されている一冊です。

しかも、ここ数年の話ではない。
30年も前の1986年に刊行された、
『やおい君の日常的でない生活』という本を、
リメイクして出版された本なのです。

しかも内容をまったく変えず、
ただ、短編作品の順番を入れ替え、
タイトルと装丁を変えて出版された一冊です。

もともとの
『やおい君の日常的でない生活』というのが
こちらの本。
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そして『翔んで埼玉』がこちら。
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作品の内容を変えず、
ただ収録作品の順番を変え、
タイトルを変えただけの作品ですが、
そのシンプルな戦略が、
じつに鋭い視点であり、
現在の読者の心理に刺さったと言えるのです。

もちろん、シンプルだから作りが雑、
というわけではありません。

たとえば、目次を見てみましょう。
『やおい君の日常的でない生活』
本③
『翔んで埼玉』
本④
収録作品の順番が変わったので、
目次の順番が変わるわけですが、
『翔んで埼玉』のほうは、
通常、この分量だと目次を1ページでまとめたいところを、
わざわざ2ページ使用し、『翔んで埼玉』の作品色が、
全体としてより濃く出るように工夫されています。

構成としては、
単純に順番を入れ替えただけの作品のようですが、
こういった細かい部分で、ちゃんとイメージに沿った工夫がされているのは、
参考にしたい部分です。

装丁も宝島社らしい、
攻めた装丁になっていて、
「地方ディス」という特性にあわせた、
毒々しさとパンキッシュさに、ほのかにサブカル集を加えて、
なんともいえない「劇薬テイスト」に仕上げています。


◎違う出版社のオファーにより実現!

宝島社が刊行した『翔んで埼玉』ですが、
そもそも『やおい君の日常的でない生活』を
1986年に刊行したのは、
宝島社ではなく白泉社でした。

もともとの本は全然売れず、
30年の月日を経て刊行された
『翔んで埼玉』が50万部を超えるヒットになっている
という点がなんともドラマチック。

編集者たちはみんな
小躍りしたくなるような興奮を覚えます。

しかも『やおい君~』は『花とゆめ』の別冊に掲載され、
白泉社から出ているのですが、
それを別の出版社である宝島社が出しています。


きっかけは、
宝島社が刊行している
『このマンガがすごい!』で「とにかく地方ディス」がすごいと、
収録作品のひとつでしかなかった
『翔んで埼玉』が話題になったからとか。

そこで編集担当が
白泉社に問い合わせたところ
すでに絶版になっており出版できることを確認。

ただ、あまりに過去の作品だったため、
著者の元にも「元原稿」がなかったようです。

そのため、古書店で『やおい君~』を手に入れて、
データを復興し、書籍として刊行するに至ったというストーリーには、
編集者の執念を感じます。

この作品は、
ちょっとしたきっかけや、
編集者の目の付け所次第で、
過去の作品を現代にアレンジして、
読者に届けることができる、その可能性がある、
ということを指示しているように思います。

そして、そんな作品は、
コミック(エッセイ)に限らず、
すべての書籍において、
存在することでしょう。

読者であれ、編集者であれ、
そういった目で本を見ても面白そうです。

特に、「読者のプロ」となる方々であれば、
編集者や出版社の人以上に、
そういったことに敏感になれるのではないでしょうか。

「読者のプロ」をひとつの職業として確立したい、
という目標が個人的にはありますが、
時空を超えた「目利き」を持つというのも、
「プロ」の要素になりえるかもしれません。

本①