『わが家の母はビョーキです』(中村ユキ 著)
という本が8年前に刊行されて以来、読まれ続けています。

そして今回、
「ザ!仰天ニュース」で取り上げていただくことになりました。
この本は私が担当した書籍のなかでも、
間違いなく
 

「最も世の中を変えた1冊」
 

と言えます。


精神医療という分野から、
行政にもこの本が注目され、
自治体などからも引き合いがあり、
大学の各種心理学の授業では
数えきれないほど教科書として採用されました。


一番大きなインパクトとなったのは、
統合失調症は自分たち家族が看病する、
というのが主流だったところに、
「カミングアウトする」ことの大切さを伝えて、
流れを大きく変えたことです。


行政やサービスを使いながら
治療していく流れになっていったきっかけとして、
大きな役割を果たした本となりました。


そんな『わが家の母はビョーキです』ですが、
本づくりの過程にも、
ほかの本とはまったく異なるドラマがありました。


せっかくなので今回の放送を機に、
以前、就活生向けに書いて好評だった原稿と絡めつつ、
この本ができるまでの話を少しだけしたいと思います。


①じつはこの本は、持ち込み企画から始まった


この話をするとよく驚かれるのですが、
この本は、「持ち込み企画」からはじまりました。
「持ち込み企画」というと、いろいろなイメージがありますが、
基本的なことなので、ちょっとだけ説明しておきましょう。

出版社には、一般の方からの企画が毎日のように届きます。
編集部宛に送ってくださる、書籍の企画書のことです。

通常、書籍は私たち編集者が「書いてほしい著者」の企画を練り上げ、
著者に依頼をし、その依頼にOKをもらうことで、
一緒に本作りを進めていきます。

一方、持ち込み企画というのは、
いわば「著者候補」の方々が、
自分から企画を売り込んでくるわけです。


私たちの場合、
編集部員が毎月担当制でその企画書に目を通すのですが、
偶然私が担当していた月の、
しかも最終日に届いた企画に私は大きな驚きを覚えました。


なぜならその内容が、
「統合失調症」の母親を支えてきた人の視点で、
コミックエッセイで描く、というものだったからです。


私以外の編集者がこれを見たら、
おそらく「一瞬」でボツにした企画だったと思います。
しかし私は、一目見て、これは画期的な本になると感じました。
このときの出会いの衝撃は今でも鮮明に覚えています。


というのも、私には障がい者のかわいい弟がいるのですが、
障がい者をもった家族がどのような気持ちで子ども時代を過ごしてきたのかはよく分かります。
そして障がい者に対する社会の認識が低く、誤解も多いと常々思っていました。


そんな障がい者の「本当の姿」をいつか本にして、
出版したいという思いを持って編集者になったといってもいいくらいです。



まさか、その思いを形にする「チャンス」が、
まだ編集者の経験も浅い自分のところに、
しかも、自分が担当していた月の最後の日に届くなんて…。
 

「これは間違いなく世に出すべき本だ!」
 

企画を読み終えたとき、
私の心にはとにかくそう断言できる何かがありました。


そしてすぐに、
会社に企画を持ち上げたのです。


ただ、そう簡単には物事は進みませんでした・・・。


(次の記事に続きます) 

わが母①