クリエイティブな仕事はいろいろありますが、
編集者という仕事もそのひとつです。

クリエイティブな仕事の特徴のひとつには、
明確な「正解」がないことが挙げられると思います。
どれだけの時間のなかで、
どれだけのクオリティを目指して、
どれだけの作品を生み出すか。

それを求められます。
そこに加えて「どんな思い」「こだわり」を入れられるか、
というのが編集者それぞれの「個性」や「力」となり、
それを磨いた人だけがプロフェッショナルの高みへと
昇っていくのだと最近はつくづく思います。

ただ、それを一般化し、人に教えていくのが難しいと、
出版業界ではよく言われており、
そんな悩みを私もよく耳にしてきました。
これからブログでは、
編集スキルということについて、
より具体的に必要なところを、
基本的な部分から、より精密な部分まで
お伝えしていければなと思っています。

編集者の人、出版業界の人はもちろん、
著者の方、一般読者の方にも役立つ内容ですし、
本をまた違った角度から楽しめるのではないかと思います。


さて、すでに2か月が経ってしまいましたが、
前回、3年もの時間をかけて完成した本、

『「脳が不快なこと」をやめれば健康になる』(石川陽二郎、サンマーク出版)

脳が不快①


という一冊をご紹介しました。
今回は、この本を通して本づくりのお話をしたいと思います。


この本は2015年にサンマーク出版で開催した
「本気で著者になる出版ゼミ」にて、
当時最年少参加者にして、グランプリを獲得された方の一冊です。

私が指導していたAチームのメンバーだったこともあり、
担当させていただきました。
この石川さん、
当初は参加するなり
「安易な健康本みたいな本は作りたくない」ということを
おっしゃっていて驚いたものです。

最年少ということもあり、
「実績」という意味では他の方々のように
年月によって積み重ねられたような
輝かしいものがあったわけではなかったのですが、
出版スクールでの「成長速度」はものすごいものがあり、
「書籍」の基本的なことを学んでからは
柔軟かつ着眼点のよさで企画をどんどんブラッシュアップしていきました。


今回、この記事では、
実績がないなかで著者に実際に執筆までしてもらい、
さらに書籍としての特徴を出すまでの過程を
編集スキルの観点を交えてお伝えしていきたいと思います。

もしよろしければ書籍をご覧いただきながら
本記事も読んでいただくと
より深く味わえると思います。




大きく分けると次のような内容です。

①原稿ブラッシュアップのプロセス
②著者の特徴づけ
③書籍の特徴づけ、意味づけをどこまでするか




①原稿のブラッシュアップ

本書の内容を一度まとめておきましょう。

【テーマ】
脳の扁桃体を整えれば、健康になる

【要約】
私たちは「不安や恐れ」など、
「不快な刺激」を脳の「扁桃体」で受けることによって、
病気や風邪などの症状を引き起こしています。
なぜなら、「扁桃体」は自律神経に密接に影響を与えており、
健康のバロメーターともいえる私たちの「免疫力」を
コントロールする役割を担っていたからです。

臭いでも、食感でも、肌感覚でも、恐怖でも、
私たちがふだんの生活において受けた刺激が
「扁桃体」で「不快だ」と判断されると、
交感神経が緊張した状態となり、免疫力を低下させてしまいます。

一方、「扁桃体が喜ぶ生活」をすると、
つねに自律神経は安定し、免疫力が高い状態を保つことができます。
そのための具体的な方法は、
生演奏を聴く、お湯で「舌洗浄」をする、
起きた直後に手足をこすり合わせる、
怒った直後にごはんは食べない、などなど簡単なものばかり。

最先端の脳科学の視点と、一般診療の経験を重ねてたどり着いた、
画期的にして一生役立つ健康法です。


さて、そもそも本書の企画が実際にスタートした段階では、
「不安をなくせば病気は消える」ということが大筋で、
その「扁桃体」はその「不安感情」に関わっている、
というくらいの認識でした。

著者の石川さんはそもそも、
「がん」の専門、とくに放射線治療の専門ですから、
企画内容も「がん」患者に寄った部分がありました。

なぜなら、企画の発端は、

がん患者って「がん」とわかったとたんに具合が悪くなるんです。
でも、それこそ何十年もかけて少しずつ今の状態に至っているのであって、
がんを告知される前の日と、告知された日って何も変わっていなんですけどね。
でも、「がん」そのものよりも、不安になっているかどうかのほうが、
患者さんの容体には大きく影響を与えるんです。

なんて話からスタートしていたからです。
だからスタートはあくまで「がん」の話です。

たしかに不安が健康に影響を与えるということはわかったし、
その不安にどうやら扁桃体が絡んでいる、
ということもわかりました。
しかし、それだけではまだ弱い。

次の点を解消する必要がありました。

A がん患者に特有の話だと広がりが出ない
B そもそも「不安になるな」という話だとありきたり
C「不安にならない」方法が不明瞭
D その方法と扁桃体の関連も弱い

いやはや、問題だらけでしたね。

では、それをどのように一般化していったのか?

ここが最初の問題点でした。
「がん患者」特有の話であれば広がりは出ずに
書店の棚ジャンルとしては「がん」という分類になります。
しかし、できれば「家庭医学」と呼ばれる、
いわゆる一般健康本にしたいとは、
編集者であれば誰もが思うところです。


そこで石川さんと話を重ねて出てきたのが、
「内側と外側の健康」という話でした。
私たちにはじつは二つの健康があり、
この二つはどう違うかというと、

内側の健康……ホメオスタシス(恒常性)によって保たれている健康。
外側の健康……ウイルスや細菌といった外敵に対する健康。


といった具合です。
「がん患者」の例でいうと、がん告知を受けたところで本来、
「内側の健康」は変化しません。

食中毒のように「急性」の症状であれば、
「内側の健康」が損害を受けているので、対策が必要になりますが、
先ほど触れたようにがんというのは長年かけてできたもの。
「内側の環境」は変わらないというのです。

しかし、不安になってさまざまな健康法に手を出し、
急に「お肉を食べない」「主食を食べない」「サプリを飲みまくる」などして
外側からの刺激を変化させます。
その結果、外側の健康が乱れて、
病気の進行がひどくなる、ということです。

私たちは「がん患者」に限らず、
「外側の環境」と「内側の環境」を意識することはありません。
この二つの側面から健康を考えることが大事であれば、
それは一般の人にも参考になりそうです。

この「内側と外側の健康」ということをテーマに、
石川さんには原稿を書き直してもらいました。

しかし、この内側と外側の健康だけでは、
まだ十分とはいえませんでした。
先ほどの課題でいえば、

A がん患者に特有の話だと広がりが出ない→△やや解決
B そもそも「不安になるな」という話だとありきたり→◎解決
C「不安にならない」方法が不明瞭→×変わらず
D その方法と扁桃体の関連も弱い→×変わらず

つまり、ある程度オリジナリティは出てきて(B)、
一般の人にも参考になる話にはなってきたけど(A)、
「扁桃体」というキーワードを持ち出す必要性がまだ弱く(D)、
具体的な生活習慣も「不安にならない」という域を出ない印象がありました(C)。

「不安になって変な健康法に手を出さなきゃいいんでしょ」

と言われると強く反論できない感じですね。
だからもっと強い一本の軸が必要だったわけです。

そこで考えたのが、
一般の人が「健康」と聞いてイメージする
「キーワード」と結びつけることです。


これ、非常に重要な考え方の一つです。
新人著者の方ほど、具体的でオリジナリティのあることを提唱しなければ、
読者には振り向いてもらえません。

しかし、あまりに人口に膾炙していない言葉を使っては、
読者が瞬時にイメージすることができなくなり、
「よくわからない」「難しい」という印象の本になってしまいます。

これは本作りで必ず考えなければいけないポイントです。
オリジナリティと一般化のバランスは
つねに張り詰めた糸のように、ギリギリのところを攻めなければなりません。

今回の場合、そのキーワードが
「自律神経」「免疫力」という言葉でした。


扁桃体の状態によって健康に影響が出るということは、
「自律神経」や「免疫力」といった、
健康のパロメーターといわれるものとの結びつきが
あるのではないか、と考えたわけです。

幸い、何度か原稿を書いていただき、
打ち合わせを重ねるなかで、
石川さんからは扁桃体と自律神経は結びついており、
免疫力をコントロールしている、というお墨付きを得ました。

さらに外側から扁桃体に刺激が伝わるルートを
「3つのセンサー」として大別し、
その3つのセンサーに心地いい刺激を与えることで、
自律神経が整い、免疫力の向上につなげられる、
という話の展開が見えてきたのです。

A がん患者に特有の話だと広がりが出ない→◎解決!
B そもそも「不安になるな」という話だとありきたり→◎解決!
C「不安にならない」方法が不明瞭→◎解決!
D その方法と扁桃体の関連も弱い→◎解決!

扁桃体に「不安」などの不快刺激を与えなければ、私たちは健康になる(A)。
なぜなら、扁桃体は自律神経や免疫力をコントロールしており(D)、
不快刺激を与えないことが外側・内側両方の健康に影響を与えるから(B)。
そのためには「3つのセンサー」に心地いい刺激を与える習慣が大事(C)。

これにより、
「内側と外側の環境を整えると健康になる」
という軸ではなく、
「扁桃体を整えると免疫力が上がる」
というシンプルでイメージしやすい軸になりました。

そしてまたそれに沿って原稿を書き直していきます。
この段階ですでに2年くらい経っていました。
それくらい、原稿とテーマの推敲をしていました。


②著者の特徴づけ


ある意味、本書で最も大きなポイントとなったのは、
「著者の特徴づけ」
にあると言ってもいいでしょう。

日頃から「プロフィール」の重要性はお伝えしているところですが、
(プロフィールセミナーを行っているくらい重要です→詳細はコチラに)
本書ほど製作中にプロフィールを進化させた著者もそういないでしょう。

石川さんは放射線科のお医者さんという肩書きをお持ちでしたが、
それだけでは「がん患者」さんだけを見ている人、
というプロフィールになってしまいます。

書籍のテーマとプロフィールは「一致」していなければいけません。
先ほどの①で内容を一般化したからには、
プロフィールも一般化して語れる人であることを
ちゃんと示さなければいけないのです。

問題点は二つ。

A「扁桃体」の専門家とは言い切れなかったこと
B「がん患者」の専門家であったこと


断っておきますが、
通常は上記のような問題を解決しようと思っても、
なかなかできるものではありません。

もちろん実績がある方であれば、
そのなかでより内容に即したプロフィールを
作っていくことはできます。

しかし、「ない」ものは当然、作れません。
今回、著者について書かせていただいた理由のひとつでもありますが、
石川さんの本当に素晴らしいところは、
書籍のために実績を作って、自らを「進化」させてくれたことでした。

製作を進めていくなかで、
私は石川さんに正直に伝えました。

「よりいい内容を読者に伝えるためには、
『扁桃体のプロ』と言える実績がほしいところです」

この言葉を受けて、
石川さんはなんと一年かけて扁桃体のデータを集め、研究を行い、
その研究内容を学会で報告するまでになりました。


A「扁桃体」の専門家ではなかったこと

こちらの課題を見事にクリアしていただいたのです。
ちなみに当時、扁桃体は最先端の研究課題だったため、
石川さんに限らず、
専門家と呼べる人はほとんど存在していませんでした。

脳の奥深くに位置しておりデータが取りにくいためですが、
そのデータを集めてくださった石川さんは、
「扁桃体」の研究者として、
何かを語るだけの実績や視点、知識を身につけてくださったのです。

さて、あとはもう一点、
「一般の人」の健康についても
語れるだけの説得力を持たせること、でした。

B「がん患者」の専門家であったこと

つまり、ここの印象から脱却することです。
じつはこれも、原稿を執筆しつづけた
2年間にわたる石川さんの活躍により解消されます。

というのもある日、

・東北大学病院医師
・南東北がん陽子線医療センター非常勤医師

という職場に加えて、

・創業80年以上になる地元密着の診療所

でも医師として活躍している、という話を伺ったからです。
これを聞いたとき「これだ!」と叫んで飛びつく思いでした。

この診療所は石川さんのご実家ではあるのですが、
普段の業務でお忙しいなか、
そちらのお手伝いもされるようになったということです。
それにより「がん患者」とは真逆の、
「風邪」「体調不良」で悩む人たちのケアもされるようになったのです。

重要なのは、この「真逆」という要素です。
それによって、

「命を預かるがん患者から日々の体調不良を指導する人気医師」

という肩書きを生み出すことができるようになりました。
本書では表現を変えて
「300円から300万円までの治療を担当」
などと書いてみたりと、見せ方の幅は格段にアップ。

これが本作において、
最も大きなターニングポイントとなりました。

一般化して語るだけの理由が見つかったどころか、
全国を広く探しても、これほど両極端の患者を見続けている医師はおらず、
原稿全体に対しての説得力を格段に高めることが可能となったのです。



③書籍の特徴づけ、意味づけ

これまでは次の二つの作業プロセスについて
解説をしてきました。

①原稿をブラッシュアップしていく過程で、
テーマを「一般化」しつつ、
オリジナリティを組み込んでいく。

②それと同時に著者のプロフィールも同期するように整えていく。

基本的にはここまでのことができれば、
書籍としての統一感や新しさ、
オリジナリティは含まれることとなり、
業界にとっても、一般読者にとっても
意味ある濃い内容になっていきます。

ここからはさらに、
メディアや販促を意識して設定した
書籍自体に盛り込んだ「意味づけ」について
簡単にお伝えしたいと思います。

販促を意識した書籍づくりについては、
昨今、ようやくいろいろと語られるようになってきました。

①SNSなどとの連動を意識したもの
②広告など意識したもの
③メディアを意識したもの
④話題づくりを意識したもの
⑤コミュニティを意識したもの

などさまざまな形があります。
著者の方が書きたいことをただ書いただけの内容だと
書籍にこれからのポイントが盛り込まれないため、
本が「一般読者」に対してなかなか広がっていきません。

もちろん、まったく広まらないというわけではないのですが、
少なくともこれらの要素が込められているかいないかは、
書籍の命運を大きく分けます。


それほど重要なことですが、
なかなかこれらを意識できない(知識がない)編集者が、
業界的にはまだまだ大半だと思うので、
また別途紹介しつつ、一緒に考えてもいきたいですね。

さて、本書では、
原稿のなかにもさまざまな販促要素は組み込んでいるのですが、
そのなかで個人的にずっとやりたかったことで、
本書でなければできなかった意味づけについて
紹介したいと思います。

私が意識したのは、
健康本のなかで本書がいかに貴重な存在か、
ということを示すための一手です。

本書の帯に添えたキャッチコピーが
それをひと言で表しているので、
まずはこちらをご覧ください。

たとえ病気になっても、
人は健康でいられる。


正直、これだけではピンとこない方も
いると思います。

読者によってはピンとこないかもしれない、
でも、それを承知のうえで、
本書の特徴づけの「くさび」を打っておくことを
ここでは優先しました。
(そのため、リード文をやや説明的に)

つまり何が言いたいかというと、
本書は、

「病気の人でも読めば健康になれる本なんですよ!」

ということです。
この「位置づけ」を本書にちゃんと与えておきたかった。

私はこれまでたくさんの健康本を作ってきましたし、
読んできました。

健康本の読者というのは、
たくさんの健康本を読んでいて、
他のジャンルに比べても
目が肥えている読者が多いのが特徴です。

そんななかで、
類書もとてつもなく多いのが健康書というジャンルです。

特徴がなければ
メディアに取り上げられることはもちろん、
出版社の営業さんが書店員の方々に対して、
うまく紹介することすらできません。

だから、ただ新しい健康本、というだけではなく、
いかに特徴をつけるか、
その本に「意味づけ」をするかということが
大切になってきます。

健康本、とりわけ「家庭医学」と言われる
一般向けの健康書では
いくつかの「未解決問題」なるものが
私のなかでは存在していました。

そのひとつが、

結局、どの健康本も「病気の人」には関係ない話だよね

というものです。

たとえば世の中にたくさんある、
「血液をサラサラにしよう」「体温を上げよう」などという話は、
すでに「がん」の人が実践して、
がんの症状がよくなるわけではありません。

書籍では「効く」と謳っているものもあるかもしれませんが、
基本的には「病気予防」の話ばかりです。

病気の人向けの本は自然と
「がんが消える食事」「高血圧を解消する食事と運動」など、
テーマが「病気ごと」になるのが基本です。

つまり、一般読者に対する「病気予防の本」に対して、
読者を限定した「病気を治す本」ということです。

そうして「病気の人が健康になる本」という立ち位置の本は、
ずっと生まれてこなかったのです。
(もしかしたら私が知らないだけかもしれませんし、
 西洋医学ではなく東洋医学なら言及しているかもしれませんね)

しかし、本書の内容は「がん」という、
命をやりとりする現場から生まれた内容です。
ちゃんと裏付けとなる研究結果なども示されており、
担当する患者さんの実例もあります。

少なくとも30代の私が健康本を読んでいてさえ、
「病気になった自分には通用しないじゃん」
と思うことがなんどもあったので、
ご高齢の健康本読者にとっては、
なおさら思うことはあったでしょう。

それを解消、解決する本としての特徴づけをしたのです。

もちろん、これがあるからといって、
一気に売れるというものではありません。
ただ、もし売れはじめたときに、
こういう「位置づけ」「話題性」が仕込まれていると、
それを軸にして、一気にその話が広がっていき、
書籍が認知されるようになっていきます。


それらの工夫が功を奏すかどうかは、
出してみないとわかりません。
にもかかわらず、こういった工夫を加えるのは、
本作りの作業を何倍も難しくする大変さがあります。
だからなかなか手を出せる編集者がいない、
という実情があるのは間違いないところでしょう。

でも、それでも本や読者、著者の方のために、
その一手を考え抜いて加えられるかどうか、
それによって変わる運命というのは必ずあります。

「病気の人でも健康になれる本なんですよ!」

本書のこの特徴は、
この先、数年たっても廃れないことと思います。

そもそも、よほど編集者が意識しない限り、
通常の「家庭医学」の健康本に
この要素も追加して盛り込んでいくことはできません。

とくに「これからの時代」において、
何年かたってから急に話題になったり、
じわりじわりと業界に浸透していくのは、
こういう位置づけがちゃんとなされた本だなと私は思います。

本書はそんなプロセスの末に、
生み出され、届けられた一冊なのでした。